ブログ

2023.02.02

歯科治療における審美の基準について


包括的矯正歯科治療を行う上で審美の基準は非常に重要です。
そこで特に前歯部における審美基準について顔貌、歯と口唇、歯肉に関して見ていきたいと思います。

・正面観の基準線

基準線は、水平基準線として自然頭位での瞳孔間線で、この瞳孔間線と眉上縁線、口唇線が平行であることが審美的であると言われています。垂直基準線としては眉間、鼻尖、人中とオトガイ下点を結んだ線で、この仮想正中線が瞳孔間線とおおむね直角をなし、T字型を作ることが望ましいと言われています。

・顔の比率

髪の生え際から眉上縁線、鼻下点線、オトガイ下点までの高径が1/3ずつの比率であることが審美的であると言われています。また、下顔面のうち、鼻下点線から口唇線までが1/3、口唇線からオトガイ下点までが2/3を占めるのが理想的です。

・顔貌と歯の正中

自然界では顔貌の正中と歯の正中のずれはよく見られ、いくつかの報告より被験者の約30%にみられると言われており、このずれが大きいと一般の人はスマイルの非対称性を強く感じます。Kokichらは顔貌と歯の正中のずれが4㎜以内であれば、患者にも歯科医師にも目立っては映らないと報告しています。また、この正中のずれを無くすために歯軸傾斜を変えて治療を行うことは望ましくなく、適切でない歯軸傾斜は非審美的に見え、正中のずれがあっても歯軸傾斜が適切である方が審美的に望ましいと言われています。

・E-line

鼻の先端から顎に引いた理想線に対する上下唇の位置を評価したもので、Rickettsによると通常の側貌では上唇は4㎜後方、下唇は2㎜後方に位置すると述べられています。また、性差はありますが、E-lineより口唇が後方にある場合には正常とみなすと報告しています。

・Nasolabial angle

正常な側貌における鼻唇角は男性でおよそ90~95°、女性で100~105°で、通常男性よりも女性の方が角度が大きいと言われています。Legan、Burstoneらの報告では平均鼻唇角は102°と報告されている一方、Owensらは白人が110°、韓国人93°、中国人92°、アフリカ系アメリカ人90°と人種によりかなり異なっていることを報告しています。

また、日本人を対象とした研究では男性が94°±11°、女性が100°±8°と報告されています。これらE-lineや鼻唇角は矯正治療や補綴修復により変化させることができるため治療計画立案の際には考慮が必要です。

・口唇

口唇の形とサイズは薄い、中間、厚い、の3種類に分類され、おおむね標準的な上唇の高径は下唇の半分となっています。また、加齢とともに平坦化することにより前歯露出量が変化します。矯正治療により前歯を移動することにより口唇の位置は変化し、日本人の上唇の後退量は上顎前歯の後方移動量の40%、下唇の後退量は下顎前歯の後方移動量の70%と報告されています。

・上顎前歯の位置

上顎前歯切縁は下唇のドライ・ウェットラインの内側に位置することが望ましく、それよりも唇側に出ると口唇閉鎖が困難となります。また、切縁の長さは下唇に接する長さが適切で、上顎前歯の歯冠長や切縁形態が不適切な場合にはF、V音の発音に影響が出てしまいます。

・安静時の歯の露出量

下顎安静位で上顎切歯の切縁側1/3が露出するのが審美的に望ましいと言われています。

この露出量は口唇の高さ、年齢、性別により1-5㎜の差があり、VigとBrundoの報告では、安静時の上顎切歯は男性より女性の方が露出しており(1.92㎜に対して3.40㎜)、若い人の方が高齢者よりも露出する(3.37㎜に対し1.26㎜)と明らかにしています。また、年齢を重ねるにつれて摩耗により上下前歯が短くなり、口腔周囲筋の緊張も減少することによって、高齢者では下顎切歯がより多く見えるようになると複数の研究者が報告しています。

・Incisal curveと下口唇との関係

Incisal curve(上顎前歯切縁が描くカーブ)は一般的に笑った時に下唇が自然に作るカーブと調和した凸型のカーブを描くと言われています。この下唇とIncisal curveの類似性は被験者の75~85%と高い割合で観察され、カーブはⅠ級の患者ではっきりとしていますが、Ⅲ級の患者では平坦となる傾向があります。更にⅡ級の患者では著しく凸型を呈し、上顎1番と2番の長さの違いが際立って見えることが多いと言われています。

凸型のIncisal curveには前歯切縁と下唇が離れている「非接触型」、前歯と下唇が触れている「接触型」、下唇が上顎前歯切縁1/3を完全に覆ってしまう「被覆型」の3種類があり、このうち接触型が審美的に最も良好であると考えられています。Dongらによるとアジア人における研究では、56%の大多数が非接触型であると報告しています。

・Smile line

Tjanらはスマイル時の前歯の露出量を前歯部の歯と歯肉の見える量で「ロー」、「アベレージ」、「ハイ」の3種類に分類しました。ロー・スマイルラインとは上唇が動いても前歯の露出量は75%以内のもので、アベレージは口唇の動きにより前歯の75~100%が露出し、歯冠乳頭も見えるもの、ハイは笑うと前歯が完全に露出し、歯肉の領域まで見えるものをさします。

審美的に良好なスマイルは上顎の歯が完全に露出し、約1㎜程度歯肉が見えるものと定義されており、多くの患者は2-3㎜以内の歯肉の露出は審美的に良好であると感じ、3㎜以上の歯肉の露出は過剰と感じると報告されています。ハイスマイルの中でも、歯肉が3-4㎜以上露出する状態はガミースマイルとよばれ、特に審美的に魅力的でないと判断されます。

また、女性にはhigh smile lineが男性の2倍多く見られ、これは鼻下点と上唇下縁の平均距離が女性の方が短く、それにより平均1.5㎜スマイルラインが高くなることに起因していると言われています。

・Smile width

スマイル時に見える歯の露出幅は人により異なり、Dongらの最近の研究では、アジア人の57%が5番まで達するsmile widthを持ち、20%が4番まで見えると報告しています。

・Buccal corridor

正面からスマイルを見た時の口の両端に見られる空間のことで、調和のとれたスマイルでは常に見られるこのわずかな隙間は自然なスマイルを表現し、その幅でノーマル、ワイド、欠如の3種類に分類されます。

・歯の比率

歯の比率も審美性には重要で、Central dominanceと言って特に上顎1番の見え方はスマイル時に重要で審美性に強く影響します。平均的な上顎1番の大きさは歯冠幅径が8.3~9.3㎜、歯冠長が10.4~11.2㎜で歯冠幅径と歯冠長の比率は約80%が望ましいと言われています。歯冠幅径、高径いずれも左右差が0.3㎜を超えると左右非対称性に気づくため、形態修正を考慮する必要があります。

・Golden proportion

上顎前歯のゴールデンプロポーション、いわゆる黄金比率は、1番、2番、3番の幅径の比率が1.618:1:0.618であると定義されています。しかし、ゴールデンプロポーションが認められたのは患者のたった17%であるとPrestonに報告されているように、実際にはこのゴールデンプロポーションは絶対値ではなく、この比率の順守は審美的に不自然となることが多いです。

・Incisal embrasure

前歯鼓形空隙については前歯部の歯の形と位置が適切な場合、コンタクトポイントは1番から3番にかけて徐々に根尖則に移動していくため、歯間鼓形空隙は上顎1番から3番へ向けてその大きさと深さが自然に大きくなっていき、この切縁隅角の連続性が審美的に良好なスマイルを生み出します。

・Axial inclination

歯軸傾斜については、一般的に1番から3番にかけて逆ハの字型に傾斜が強くなっていくのが審美的であると言われています。2番の歯軸傾斜の左右非対称性はある程度許容されるのに対し、1番の歯軸の左右対称性が損なわれた場合には審美的に問題を生じます。

・歯肉縁形態

歯肉縁形態については、上顎1番と3番の歯肉縁は同じ高さで、2番はそれよりも低い位置であることが望ましいと言われています。1番の歯肉縁の左右対称性は審美的に必要不可欠ですが、2番より後方についてはある程度許容されます。歯肉縁の左右非対称性については、必要に応じて矯正治療や歯周外科を用いて歯肉縁形態の修正を行うことで審美性の回復を行います。

・歯肉頂

歯肉頂は上顎では通常歯の中心軸よりも遠心に位置しています。特に審美性に影響を及ぼす上顎1番の歯肉頂に左右非対称性がある場合には、補綴前処置として矯正的あるいは外科的な改善を考慮します。

・歯間乳頭

歯間乳頭頂は上顎の1-1間から後方にいくにつれて歯頚側寄りに位置するのが審美的に望ましいと言われています。乳頭の形態はコンタクトの位置・面積により影響を受け、隣在歯間の距離が狭い場合には乳頭頂の位置が高くなります。また、隣在歯間の距離が0.3㎜以下になると裏打ちとなる歯槽骨頂が失われ、歯間乳頭が喪失する場合があるため、矯正治療においては歯根間距離の近い場合のIPR量に注意が必要です。逆に歯根間距離が大きくなったり、骨頂からコンタクトポイントまでの距離が5㎜を超えるとブラックトライアングルが出現すると報告されています。

上記は歯科治療を行う上での一般的な審美基準でありますが、包括的矯正歯科治療を行う上では更に各患者に合わせた評価が必要となります。

IOSでも今後独自の審美基準や審美修復法などを探求していきたいと考えております。

<参考文献>

・Ricketts RM. Planning treatment on the basis of the facial pattern and an estimate of its growth. Angle Orthod 1957;27:14-37.

・Ricketts RM. Cephalometric analysis and synthesis. Angle Orthod 1961;31:141-156.

・Rohrich RJ, Bell WH. Management of nasal deformities: An update. In: Bell WH (ed). Modern Practice in Orthognathic and Reconstructive Surgery, vol 1. Philadelphia: Saunders, 1992:262-283.

・Legan HL, Burstone CJ. Soft tissue cephalometric analysis for orthognathic surgery. J Oral Surg 1980;38:744-751.

・Owens EG, Goodacre CJ, Loh PL, et al. A multicenter interracial study of facial appearance. Part 1: A comparison of extraoral parameters. Int J Prosthodont 2002;15:273-282.

・Yogosawa F. Predicting soft tissue profile changes concurrent with orthodontic treatment. Angle Orthod. 1990;60(3):199-206

・Dong JK, Jin TH, Cho HW, Oh SC. The esthetic of the smile: A review of some recent studies. Int J Prosthodont 1999;12:9-19.

・Rufenacht CR. Fundamentals of Esthetics. Chicago: Quintessence, 1990:67-134.

・Broadbent BH Sr, Broadbent BH Jr, Golden W. Bolton Standards of Dentofacial Developmental Growth. St Louis: Mosby, 1975:69-81.

・Vig RG, Brundo GC. The kinetics of anterior tooth display. J prosthet Dent 1978;39:502-504.

・Arnett GW, Bergman RT. Facial keys to orthodontic diagnosis and treatment planning. Part 1. Am J Orthod Dentfac Orthop 1993;103:299-312.

・Behrents RG. Growth in the Aging Craniofacial Skeleton. Craniofacial Growth Series, Monograph 17. Ann Arbor, MI: Univ of Michigan, 1985:112-115.

・Tjan AHL, Miller GD, The JGP. Some Esthetic factors in a smile. J Prosthet Dent 1984;51:24-28.

・Owens EG, Goodacre CJ, Loh PL, et al. A multicenter interracial study of facial appearance. Part 2: A comparison of intraoral parameters. Int J Prosthodont 2002;15:283-288.

・Peck S, Peck L. Selected aspects of the art and science of facial esthetics. Semin Orthod 1995;1:105-126.

・Renner RP. An Introduction to Dental Anatomy and Esthetics. Chicago: Quintessense, 1985:125-166, 187-233.

・Lee R. Esthetics and its relationship to function. In: Rufenacht CR (ed). Fundamentals of Esthetics. Chicago: Quintessense, 1990:137-20.

・Heartwell CM Jr. Syllabus of Complete Dentures. Philadelphia: Lea & Febiger, 1968.

戻る