今回矯正治療と服薬の関係性をテーマに勉強会を行いました。
本記事ではその中で取り上げられた二つのシステマティックレビューを参考に現状の医学的根拠を整理したいと思います。
まず、動物実験レベルでの歯の移動と関連する服薬に関するレビュー1では、これまで数多くの研究が行われており、それぞれエビデンスレベルは低いものの、以下のような内容がまとめられています。
2017年6月までの8つのデータベースおよび手作業による検索を通じて情報が収集されました。
選定基準は、歯科矯正による歯の移動速度に焦点を当て、一般的に処方される薬剤の効果を調査する対照研究でした。関連データの収集と分析には、SYRCLEのバイアスリスクツールが使用されました。
その結果、ジアゼパム、ビタミンC、パントプラゾールの投与後に歯の移動速度が増加することが示された一方で、シンバスタチン、アトルバスタチン、カルシウム化合物、ラネン酸ストロンチウム、プロプラノロール、ロサルタン、ファモチジン、セチリジン、およびメトホルミンの投与では移動速度が低下しました。
フェニトイン、フェノバルビタール、および亜鉛化合物の投与では歯の移動速度への影響は報告されませんでしたが、L-チロキシン、リチウム化合物、フルオキセチン、およびインスリンの投与後には矛盾する効果が認められました。
実際にはエビデンスレベルが低く、臨床上根拠を持って服薬の変更をすることは推奨されないが、矯正医はこの事柄に注意を払うべきであるとまとめられています。
次に、実際のヒトにおける研究レベルではどうかのシステマティックレビュー2においては、歯根吸収の違いにも言及されています。
ただし、研究デザインが複雑になりやすく、倫理的にも難しいテーマのため、有効な論文数がかなり少ない印象でした。
論文は8つのデータベースを対象に制限なしで検索し、2018年10月までの研究を手動で検索されており、選定された基準は、歯科矯正による歯の移動速度と歯根吸収の進行に対する薬剤の影響を評価するヒトを対象とした対照研究でした。データの収集と分析には、非ランダム化研究の場合はROBINS-Iツール、ランダム化研究の場合はコクランバイアスリスクツールを使用されていました。
結果として、プロスタグランジン E1 の局所注射は歯の移動速度を増加させる効果があることが示され、一方でナブメトンの全身摂取はそれを減少させることが明らかになりました。テノキシカムの投与、フッ化物を含む飲料水、カルシトリオールの局所注射では有意な効果は認められませんでした。歯根吸収の進行に関しては、ナブメトンの投与が軽減効果を示した一方で、フッ化物は特定の条件下でのみ保護効果を示し、保定中の長期的な保護効果はありませんでした。
この研究から、ヒトにおける歯科矯正治療に関連する歯の移動速度と歯根吸収に対する薬剤の影響は複雑であり、歯科矯正医は患者の薬剤摂取を特定し、治療に関連する可能性のある影響を考慮する必要があると結論付けられています。
以上のレビュー内容から今回の勉強会では
- 医学的な根拠としては低いが、不安障害・てんかん・糖尿病や高脂血症、骨粗鬆症患者には病態や服薬状況で歯の移動速度が通常と異なる可能性が示唆される?
- 破骨細胞の活動が優位になる状態であれば基本的に歯の移動は早くなる。
つまり炎症反応がある部位や全身疾患を持つ場合・ホルモンバランス・血流が考慮対象となる。 - 歯根吸収を抑える目的でナブメトン(NSAIDS)が使用できる可能性がある。
- このトピックに関して日常の臨床に密接な研究を行うためには、薬剤の用量、投与経路、投与期間、性別(ホルモンの影響の加味)など様々な項目を整理する必要があり、バイアスのかかりやすい研究である。
- 矯正医は患者様の全身的な疾患や服薬に充分配慮し、歯の移動の際にも注意深く観察する必要がある。
以上のような考察が得られました。
1 European Journal of Orthodontics, Volume 40, Issue 6, December 2018, Pages 649–659, https://doi.org/10.1093/ejo/cjy001
2European Journal of Orthodontics, Volume 42, Issue 4, August 2020, Pages 407–414, https://doi.org/10.1093/ejo/cjz063