今回、大臼⻭の遠心移動をテーマに勉強会を行いました。
大臼⻭の遠心移動は、1907年に矯正⻭科の始祖である Edward Angle 博士が AngleII級 1類患者におけるヘッドギアを用いた上顎大臼⻭の遠心移動を提唱したのが始まりです。 現代では、「大臼⻭の遠心移動」という用語は、大臼⻭を遠心に移動させることにより⻭列弓⻑さを⻑くし、スペースを獲得することを目的に使用されるようになりました。この背景には、外科矯正を望まない骨格性III級患者に対するカモフラージュ治療のための下顎大臼⻭遠心移動と、AngleII級患者の非抜⻭矯正における上顎大臼⻭遠心移動を主目的とする、 外科矯正や抜⻭を避けた治療方法の需要が高まってきたことがあります。また、ミニスクリューやミニプレートに代表される、TADsの波及により、患者のコンプライアンスに依存 しない・実現可能な遠心移動ができるようになったことも大きく影響しています。その一方で、適応症・禁忌症の診断が重要であること、そして遠心移動量の限界があることを念頭に置かなければなりません。
上顎の大臼⻭遠心移動に用いられる装置の種類は、大きい装置と小さい装置、患者のコンプライアンスに依存するものとしないもの、顎間と顎内に分かれます。(図1)
下顎の大臼⻭遠心移動についても、リップバンパ―に代表される可撤式の装置と、患者のコンプライアンスに依存しない TADsとして⻭根間部のミニスクリュー、頬棚のミニスクリ ュー、レイマス部のプレートが使用されます。TADs3 種のそれぞれの特徴として、図2の ような牽引方向の違いがあります。
さまざまの装置が存在する一方で、遠心移動できる量には限界があります。その限界を決める要因は、解剖学的要因と生体力学的要因です。
上顎における遠心移動量の限界を決定する解剖学的構造は1上顎結節(幅、⻑さ、皮質骨の厚み)、2上顎洞(⻭根との距離、形態、皮質骨の厚み)です。その他、⻭根や⻭周組織 状態・⻭肉の厚みも考慮する必要があります。
下顎における遠心移動量の限界を決定する解剖学的構造は、①下顎枝との距離、②下顎管との距離、③舌側皮質骨との距離・皮質骨の厚みです。
また、システマティックレビューによると、それらの解剖学的構造に影響を及ぼす因子は、人種、骨格パターン、フェイシャルパターン、智⻭の4つが挙げられます。複数の因子から影響を受けることからも、個々のCBCTでの評価が重要であると述べられています。
図3のように解剖学的構造を逸脱してしまうと、⻭根吸収や遠心傾斜、骨の裂開を生じます。 この文献での症例報告では、矯正終了時は CBCT で骨裂開を疑いましたが、36 か月後に同部に骨形成を認めており、難事を逃れています。
しかしながら、限界を超えた遠心移動や、骨形成が生じないまたは⻭根吸収を過剰に引き起こすフォースシステムは避けるべきです。
上顎大臼⻭遠心移動の際の⻭根吸収に関しては、組織学的にはエックス線写真で認められた⻭根吸収よりも吸収が生じていたという報告があるように、エックス線写真だけでは⻭根吸収の評価が困難です。CBCT での評価と、⻭根吸収が生じている可能性を常に危惧しながら、適切なフォースシステムの選択と、傾斜が生じた際や⻭の移動が停止してしまった際には臨床的な判断と対応が必要であると述べられています。
今回の勉強会では、大臼⻭遠心移動のメカニクスとアプライアンス、そして移動量に関わる解剖学的要因についてまとめました。⻭体移動と傾斜移動を合わせて算出した場合、現在のところはこれまでの論文をまとめると、上顎大臼⻭の遠心移動量の限界は3mm程度、下顎 大臼⻭の遠心移動量の限界は2mm程度が妥当であろうという結論に至りました。
うめむら⻭科医院 篠塚 有希
参考文献
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